N.HOOLYWOOD 尾花大輔 のフィジカルライフ
2022.11.15

会社に社員専用ジム? デザイナーが考えるファッションとフィジカルの新しい関係




Edit&Text by Yukihisa Takei(HONEYEE.COM)
Photo by Kiyotaka Hatanaka


この秋、N.HOOLYWOODの2023SSの展示会に行って驚いた。展示会場の受付のあるオフィスエントランスの1Fに、突如としてフィットネスジムスペースが出来上がっていたのだ。それも実にN.HOOLYWOODらしいミリタリーな雰囲気で、その扉には「TACTICAL GARAGE」と銘打たれていた。

デザイナーの尾花大輔が近年、かなり熱心にフィットネスジムに通ったり、水泳に取り組んでいることはSNSを通じて知っていたので、「ついに趣味が高じて会社に自分用のジムを作ったんですね?!」と会場にいた本人に話しかけたところ、「これは自分用じゃなくて社員の福利厚生」なのだと言う。

コレクションブランドが福利厚生でジムを作るなんて聞いたことがない。気になって後日この空間の撮影を申し込むと、「これに関してはきちんと話したいことがある」と尾花本人が取材に応じてくれることになった。

結果、思いがけず「N.HOOLYWOOD 尾花大輔が考える、ファッションとフィジカルの新しい関係」について聞ける貴重な展開になった。話を聞くうちに、常に進化を続ける尾花大輔というデザイナーの思考法も明らかになっていった。



ファッションと不摂生

N.HOOLYWOODの長年のファンや、尾花大輔というデザイナーについて知っている人ならご存知かもしれないが、この人は生来の“ディグり”、深掘り精神が、その作るものや人生に直結していると言えそうだ。

10代で人並み以上の古着の知識を蓄えて、19歳でアメリカまで買付けに行くバイヤーとして活躍。1995年には人気古着店として名を馳せる「go-getter」の立ち上げに参画。そして2000年には自身のショップ「MISTER HOLLYWOOD」を立ち上げ、その後ブランド N.HOOLYWOODを発足し、一躍人気ブランドに。そして、NYコレクションの常連となる世界的人気ブランドへと自らを押し上げた。

尾花の知識がヴィンテージウェアだけでなく、腕時計やクルマなど広範に及んでいることは、たびたびメディアでも紹介されてきたので、ご存じの方も多いだろう。

そんな尾花の“ディグり”は「温泉」にも及んだ。当初は自らの癒しとして始まった秘湯・名湯巡りは、いつしか雑誌の人気連載企画となり、自ら日本全国の温泉を月イチで巡るように。

「僕らみたいな世代のデザイナーは、夜中まで仕事して連日酒も飲んでいたし、おまけに自分はチェーンスモーカーでした。そういう生活を続けていて、年齢的にも身体にガタが出始めた時期に温泉にハマったのですが、結局連載でもハードコアな温泉を探して行っちゃうんで(笑)、むしろ肉体的に辛くなってきました。そして40歳過ぎた頃には思いっきり身体を壊して、命の危険を感じるくらいまで行ったんですよ」

体調を崩して以降、今度は本人曰く「病的なまでに」病院に定期的に通うように。その頃から「検査をするだけでなく、フィジカルな運動を習慣化しなければ本質的に変わらない」と考えるようになったという。ライフスタイルを変え、タバコもやめた。

「世の経営者の方とか皆さんそうですけど、同じようなところに行き着くんですよね。自分の身体の管理ができていないと、良い仕事が出来ないということに」

さらに追い討ちをかけるように、尾花はある雑誌の取材を受けた後に衝撃を受ける。

「ある時、取材を受けた雑誌を見たら、自分の顔写真がツルツルにレタッチされていたんですよ。『オレの肌、そこまでされないとダメなの?』って、何だかショックを受けて(笑)。ありがたいことに10代の頃からモデルや取材を受ける機会も多くて、それまではメディアに出る時は、ファッションのスタイルを伝えるのが自分の役目だと思っていたけど、その一件から、服が似合う健康的な自分でいることも同世代に伝える必要があると考えるようになりました」



コロナ渦で肉体作りに覚醒

近年の尾花大輔のSNSでは、朝からトレーニングジムやスイミングに通う様子が頻繁にアップされるようになった。特に肉体の部分では、かなりストイックに鍛えていることも伝わってきた。

「本格的にトレーニングを始めたのは、パンデミックになった瞬間から。それまでは我流でやってきたけど、時間もあるし、紹介してもらった、自分の目指すボディラインを理解してくれるトレーナーのいるジムに通うようになりました。僕は“マッチョ”になりたいわけじゃないんです。ボディビルドではなく、健康的なボディメイクの方。本格的に教わりながら、自分でトレーニング理論も突きつめるようになりました」

ヴィンテージウェアやクルマ、温泉になど様々なものにのめり込む尾花大輔生来の深掘り癖は、今度は自分のボディメイクにも向かっていった。そしてこの同時期にスイミングも本格的にスタートする。

「区民プールやホテルのプールなんかで、キレイに泳ぐ人っているじゃないですか。どうせやるならあんな風に上手く泳ぎたいと思って、こっちにものめり込みました。なかなか上達しませんが(笑)」

そのスイミングへの没入は、スイムウェアブランドのARENAとの共同企画で “OBANA SWIMMING CLUB”というスイムウェアラインも手がけるようになるなど、本業のデザイナーとしての仕事に結びついて行った。

コロナ渦以降、そうした自己鍛錬的ワークアウト生活に入ってから、尾花はあることに気づいたという。

「僕がトレーニング風景をSNSに上げていると、それを見た店舗のスタッフから、いろいろ話しかけられるようになったんです。僕の会社も人数が増えていて、若い世代のスタッフとは共通の話題を見つけられずにいたのですが、トレーニングの話で一気に距離が縮まって。あとウチはお客様と交流するショップイベントも定期的に開催しているのですが、そこでも同じようなことが起きた。僕が思っていた以上にトレーニングしている人が多いこと、そこで新しいコミュニケーションが生まれることに気づいたんです」



N.HOOLYWOOD TACTICAL GARAGEの設立

「あくまで自分のため」に始めたトレーニング。しかしそこからスタッフや顧客とのコミュニケーションが生まれるという“思わぬ効能”に気づいた尾花は、アーカイブの保管などに使っていた会社の1Fスペースを、社員用の“福利厚生施設”としてトレーニングジムにすることを思いつき、実行に移した。

もちろんそこはN.HOOLYWOODの尾花大輔。普通のトレーニング機材を買って並べるようなことはしない。「TACTICAL GARAGE」と命名されたこの場所は、N.HOOLYWOOD長年のインスピレーションソースになっているミリタリーから発想を得て、「米軍の軍事遠征地に作られたジム」をイメージして空間をデザインした。

そこに並べられた機材も、トレーニングを“ディグり”続けた尾花が「必要にして十分」と考えるものを全て一流品で揃え、さらにオリジナリティにもこだわった。

ダンベルはスチール製の特注品。ヴィンテージのベンチプレス・バーを探し、スミスマシンやベンチプレスもオリジナルで製作を依頼。フィットネスマシンの世界的ブランドであるLIFE FITNESSのパワーミル・クライマー(昇降機)まで色別注をかけて、「世界にここだけ」の特別なフィットネスジムを作り上げた。

さらにそこには、オリジナルのストーリーまで追加している。

「機材の随所に“N.H.TPES PROPERTY”とか、“MANUFACTURED BY ETERNAL REPS”と入れていますが、N.H.TPESはN.HOOLYWOOD TEST PRODUCT EXCHANGE SERVICEというミリタリーをソースにした僕らのアパレルライン。そのN.H.TPESが、今回のジムを作るにあたって発足したETERNAL REPS社という器具メーカーに発注をかけたもの、というストーリーです」

ジムにはベーシックなトレーニングを図式化したオリジナルのポスターを飾り、非売品のステッカーまでも制作。思い付いたらそれを本気で追求しつつ、遊び心も取り入れるのが尾花大輔らしい。

このジムはN.HOOLYWOODのスタッフのみに解放され、その使用時間も自由。都心で一般的なフィットネスジムに通えば1万円くらいはかかるところ、ここはスタッフであれば無料で使用できる。

「社員の福利厚生ではあるんですけど、服ってただの流行とかスタイルの問題ではなく、人によっては体型隠しとか、そういう要素もあるじゃないですか。それなら肉体についてよく知っているスタッフから接客される方が説得力あると思うんですよ。僕がこの場所を作った理由は、スタッフやユーザーとの新たな共通言語や、新たなファッションのあり方を模索するためでもあるんです」



N.HOOLYWOOD のクリエイションの変化

ここまで話を聞いてくると、尾花大輔という人は何でも興味を持ったことは人並み以上に深掘りし、本人が意図している部分もそうでない部分も、それが結果としてクリエイションや仕事に結び付いていくことが分かる。

今回、このジムやフィットネスなどについて一通り話を聞いた後、ここ数年気になっていた「N.HOOLYWOODのクリエイションの変化」について尾花に尋ねた。

それは近年同ブランドの服が、ヴィンテージやアメカジの要素のものより、化繊や機能素材を用いたシンプルな服が増えているという個人的印象があったからだ。それはここまで聞いた「尾花大輔のフィジカルライフ」と何か関連があるのか。

「うん、そこは繋がっていると思います。僕は近年、多くの人は時間が自由になった分、かつてよりも倍くらい忙しい生活になったと感じていました。僕自身もそう。海外に行ったり、日本で仕事したり、トレーニングしたり、色んな打ち合わせに行ったり。

そういう中で天然繊維って、良いところも確かにあるけど実際ケアも大変だし、洗濯、畳みとか、そういうものに奪われる時間も多い。かつてのように『良い仕事をするには上等なスーツを着なければいけない』などの常識は過去のものになって、スティーブ・ジョブズみたいな、“服に余計な時間を使いたくない”という人も増えましたよね。

僕も40歳くらいまではファッションを通した“スタイル”を売ってきたけど、だんだん世間の人が洋服を選ぶ基準も、“生活においてどれだけカンファタブルであるか”が求められるようになったと思うんです。

それは無印良品の仕事(MUJI LABO)や、UNITED ARROWS & SONS(小松マテーレの生地を使ったシリーズ)の仕事をしていると強く感じるし、一人のデザイナーとして、自分のブランドでも一貫した考えに基づいたものを表現して行きたい。それに『オレ自身が着ないものを作っても、誰も欲しくならない』というシンプルな想いもあります。

だから今はデコラティブな方向に行くよりも、羽織っただけで洗練されていると感じられるようなものや、少ないディティールで優れた素材と向き合える関係性の服、より“モーションが少なくて済む服”をデザインする方向に変わってきています。正直な話、今はデザインすることがまた20代の頃のようにすごく楽しくなってきたんですよ」



Profile

尾花大輔 / Daisuke Obana

1974年生まれ。10代で古着に目覚め、10代後半から古着のバイヤーとして活躍。ショップマネージャーや古着店の立ち上げを経て、2000年に自身のショップ「MISTER HOLLYWOOD」をオープン。その後ブランドN.HOOLYWOODを発足し、人気ブランドとして君臨。NYコレクションにも参加を続けている。MUJI LABOの紳士ウェアディレクターでも活躍し、2020年にはオリンピック聖火リレーユニフォームのデザイン監修も手がける。

https://n-hoolywood.com
https://www.instagram.com/n_hoolywood/
https://www.instagram.com/daisuke_obana/



[編集後記]

長く続いているブランドには、「変わらないこと」と同時に「進化」も求められる。今回尾花さんを取材して感じたのは、そんなことだった。尾花さんは自らの興味を深掘りしているだけのようにも見えるが、それが結果的にブランドの進化に繋がっている。ボディメイクに目覚める、ジムを作る、このこと自体はまだ直接的にN.HOOLYWOODというブランドに表れてはいないかもしれないが、それはのちに証明されていくだろう。そして自分もジムトレ再開しなきゃな……と痛感した取材だった。(武井)