
『川崎』/磯部涼 著
子連れ天国と化した武蔵小杉をはじめとする再開発後の川崎市しか知らない人にとって、本書で描かれる川崎の姿はいったいいつの話だと思ってしまうかもしれないが、そう遠い話ではなく、ここ10年、20年のことだ。そして、今なお続くことでもある。東京と横浜のベッドタウンの姿を持ちつつ、元々は臨海部の工業地帯とその労働者の街として、また合法、非合法、ヤクザやドヤ街が交差する「飲む打つ買う」街としても賑わってきた。
2015年、川崎の多摩川河川敷で起きた中学1年生殺人事件やドヤ街での火災事件、先日初公判が行われた老人ホームの連続転落死事件といった出来事を、「現在の日本が抱える問題を象徴するような事件」と考えた著者の磯部涼は、事件の答え=真相ではなく、事件の背景=深層を求めて取材をしていく。音楽ライターである著者は、川崎出身で近年のラップブームのきっかけともなった高校生ラップ選手権の優勝者であり、フリースタイルダンジョンのモンスターでもあったT-Pablowと双子の兄YZERRのラップグループBAD HOPを入り口に、長く不良と暴力、貧困と差別が溢れていた川崎を歩き始める。

左 YZERR、右 T-Pablow
河川敷での殺人事件すら、そんなこともあったなと過ぎてしまう街にあって、本書に登場するラッパーたちが、不良からその道を始めたことは普通のことだったのかもしれない。ヒップホップが誕生した時のアメリカ社会が日本でも再現された街といえば言いすぎかもしれないが、BAD HOPを始め、その先達のラッパーたちがこの街から生まれたことも、現在人気を誇ることも、立て続けに起きた事件の光にもなり得ることも本書は写し取っている。
『川崎』
磯部涼 著
サイゾー
¥1,600
http://www.premiumcyzo.com/modules/member/2017/12/post_8045/
山口博之(やまぐち・ひろゆき)
1981年仙台市生まれ。立教大学文学部卒業。大学在学中の雑誌「流行通信」編集部でのアルバイトを経て、2004年から旅の本屋「BOOK246」に勤務。06年、選書集団BACHに入社。様々な施設のブックディレクションや編集、執筆、企画などを担当し、16年に独立。ブックディレクションをはじめ、さまざまな編集、執筆、企画などを行ない、三越伊勢丹のグローバルグリーンや花々祭などのキャンペーンのクリエイティブディレクションなども手がける。
https://twitter.com/YAMAGUCHI_H
https://www.instagram.com/yamaguchi_h
連載「いま読みたい、旬の本」
http://www.honeyee.com/tags/new-books