
地味ながら、話題性に溢れた作品だ。監督はヨアキム・トリアー。叔父がラース・フォン・トリアーという、北欧の新たな旗手である。だが血筋から想像するようなイヤな感じはなく、映画は安定感がある。そして各国から集まった、個性的な実力派俳優たち。『ユージュアル・サスペクツ』などで知られるガブリエル・バーン、フランスの錚々たる監督たちとタッグを組み、近年は韓国のホン・サンス作品にも出演するイザベル・ユペール。そしてみずから戯曲なども手掛けるジェシー・アイゼンバーグ。まさに役者は揃ったというところだろう。
戦争写真家の母イザベル(イザベル・ユペール)は、戦場から帰国し、3年前に自動車事故で亡くなった。母の回顧展が行われることになり、長男のジョナ(ジェシー・アイゼンバーグ)は大量に残された写真の整理のため、久々に帰郷する。父親ジーン(ガブリエル・バーン)は元役者という変わった経歴の持ち主だ。ジョナは赤ん坊が生まれたばかりで、教授の仕事にも就いた順風満帆な人生を送っている。だがそれに対し、父と成長した弟はあまり幸福に見えない。次男のコンラッド(デビン・ドルイド)は内向的で、学校では奇人だと思われている。父親のジーンですら、息子がもしやスクールシューティングをするのではと案じている。
母の死について、男家族たちはそれぞれ思うところがある。ジョナは通いなれた道で、母のような人間がそんな軽率な事故を起こすとは思えず、自殺だったと結論付けている。当時は幼かったコンラッドは、事故を起こした車に乗り合わせていた記憶が甦ることで、徐々に母の実像が見えてくる。そしてジーンは、妻が隠していた秘密を知る。

だが、人生は紆余曲折の物語を紡ぎながら続き、どこかで終わるだけなのだ。ジョナは幸せな家庭や恵まれた仕事がありながら、なぜか帰宅する気分になれず、母の遺品の整理をいつまでもし続けている。コンラッドは父とは会話が成立しないが、ジョナの助言で息抜きができる。「高校時代にうまくやれなくても失望しなくていい。2,3年我慢すれば、おまえも変人と言われない世界へ入っていける」。なんとリアルで、救いとなる現場の助言だろうか。髪を整えた、ヒップさとエリートの半ばの姿をしたジェシー・アイゼンバーグが語ることで、この言葉はとても説得力をもつ。
これまで、(二度と忘れないだろう)と思う明け方までの夜遊びを、どれだけ繰り返しただろうか。本作で、コンラッドが好きな少女を家まで送る、ゆったりした明け方までの時。思いがけぬ瞬間に彼が涙を流す、その出来事は滑稽とも思われかねないが、絶対的に美しい。笑ったりできない、生命の象徴たる現象に涙する青年の描写は、忘れがたい場面だ。
text: Yaeko Mana
『母の残像』
監督:ヨアキム・トリアー
製作:ジョシュア・アストラカン/アルバート・バーガー/ロン・イェルザ/マーク・タートルトーブ
出演:ガブリエル・バーン/ジェシー・アイゼンバーグ/イザベル・ユペール/デビン・ドルイド/デビッド・ストラザーン
配給:ミッドシップ
11月26日(土)ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次ロードショー!
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