デスティネーション・ストア | File 037
2024.03.15

デスティネーション・ストア | HONEYEE.COM的個性派シティガイド 
File 037:狛江湯(東京都・狛江)

スマートフォンでどこにでも行った気になれる時代。むしろスマートフォン片手に「ここにしかない」を体感しに行ってみてはどうだろう。HONEYEE.COMが選んだ“目的地になる店”を紹介する連載「デスティネーション・ストア」。File 037は2022年4月にリニューアルした、小田急 小田原線沿線上の狛江駅が最寄りの​銭湯「狛江湯」。

Text Takaaki Miyake

創業から70年の歴史を受け継ぐ

サウナブームもあり銭湯人気の再燃も感じる一方で、その実情はイメージとは異なり、日本の銭湯の軒数は毎年減少傾向にある。そもそも銭湯は各家庭にまだお風呂のない時代における国民のインフラ的存在だった。

日本で二番目に小さな市である狛江市で1955年から営業を続ける「狛江湯」も例外ではない。当時は小田急線の成城学園前駅から登戸間には銭湯が一つもなく、その必要性から「狛江湯」は誕生した。

初代から二代目、そして創業から約70年の時を経て「狛江湯」を受け継いだのが、現在三代目のオーナーを務める西川隆一さんだ。そう聞くと西川さんは根っからの銭湯好きかと思いきや、本来そうではなく学生時代は美大で映像を学んでいたバックグラウンドを持つ。銭湯業界に飛び込んだきっかけも、親族が経営していた『狛江湯』が後継者問題を抱えていたことがきっかけだった。

「銭湯は東京都の許可がないと新しく作れないので、基本的には家業として代々継いでいくものなんです。そういったことを自分でもできれば良いなと思ったんです。だけどそれがどの銭湯でも難しくて、維持するのも大変だから後世に残す前に潰れてしまう。そうなると数が減っていくばかりで、まず初めにどうやって銭湯を残していくかを考えました」

市街からも人を呼ぶ銭湯へ

「銭湯を残していくには足を運んでくれる人を増やすしかない。だけど銭湯はもちろん場所が決まっている施設なので、ここから移動はできません。ならば新しい人たちを呼ぶしかないし、僕もそこから刺激をもらうことで仕事によりやりがいを感じると思ったんです」

しかし当初は良くも悪くも昔から愛用してくれている人たちが訪れるだけの日々が続いたという。せっかく継承したならば「ダラダラやっていてもいてもしょうがない」。その想いからリニューアルの決断にいたり、2022年4月に「狛江湯」は新たな暖簾を掲げた。

機能する建築美

そんな西川さんの想いから誕生し、これまでの銭湯のイメージを刷新するような「狛江湯」の設計・デザインを手がけたのは、Aesop​​ や and wonder など様々なブランドの店舗設計も行うスキーマ建築計画の長坂常だ。意外なタッグのように感じるが、そこには思いがけない親和性があった。

「銭湯という建物が機能することでお金をいただくわけなので、実は特殊な建築が必要なんです。人員はもちろん必要ですが、住宅以上の動線を考えたより専門的な設計が求められます。そんな中で長坂さんはすでに何軒か銭湯の建築を手がけられていて、しかもたまたま近所に住んでいたり、付近のブルワリーにビールを買いに来ていたりしいたので、自然にコミュニケーションも進んでいきました」

今の姿からは想像ができないが、番台の脇に広がる“サイドスタンド”と呼ばれる飲食ができるスペースは元々、別の建物としてスナックが入っていた。リニューアル前はその裏に隠れていたことから銭湯があること自体を知らない人も多く、今回は風通しの良い入口を作ることで、外の通りからも中が見える作りを目指した。

クリーンな印象ながらも開放的な雰囲気を持つこの建物には、海外からの建築を学ぶ学生など入浴以外の目的でも訪れる人もいるという。

「コーヒー牛乳だと値段も安いから、最近は高校生ぐらいの子も来てくれるんです。バーでもカフェでもない光景ですよね。誰でも気軽に立ち寄れる公園のような場所になれているのかなと思います」

入浴だけで終わらない「狛江湯」

人によっては銭湯が珍しい存在になっている時代。だからこそ銭湯を“わざわざ”体験したくなるような仕掛けが「狛江湯」にはいくつも用意されている。

まずはサイドバーに並ぶメニューの数々だ。サ飯はキーマカレーや魯肉飯などの本格的なフードメニューが充実し、狛江で作られているクラフトビールのほかにも、ホッピーやサワーを入れて割るシャリキンなど、ドリンクの楽しみ方も様々。

えんがわ市と名付けたイベントも毎月開催をしており、物販や飲食など様々な出店者が顔を揃える。そうすることで別のエリアとの繋がりができ、狛江を知らない人が来てくれたり、出店者の元へ狛江から足を伸ばすきっかけを生み出しているそう。

「最近は本当に市外からの人も増えてきていて嬉しいです。幸運なことに現在スタッフは30名ほどいますが、多くは20代なんですよ。もちろんお客さんにも魅力的に感じてほしいですが、同時に働きたいなという場所でもあり続けたいですね」

狛江と聞くと都心から遠いイメージがあるかもしれないが、意外にも渋谷や新宿からは30分ほど。しかも設計はスキーマ建築計画が手がけたとなると、熱狂的な銭湯ラバーでなくとも気になる人も多いのでは?お風呂上がりはサイドスタンドで、それぞれの最高の一杯を味わってみよう。

DESTINATION STORES | File 37
コマエユ | 狛江湯
東京都狛江市東和泉1-12-6 長谷川ビル
営業時間:13:00〜23:00
定休日:火曜日
https://www.komaeyu.com/
https://www.instagram.com/komae_yu/